この本は1964年末から65年初頭にかけて、開高健がサイゴンから「週刊朝日」に毎週送稿したルポルタージュを、帰国した開高自身が大急ぎでまとめて緊急出版したものである。
朝日新聞社臨時海外特派員としてベトナム戦争を取材した、従軍ルポルタージュ。
この体験をもとに書かれた小説が「輝ける闇」。
秋本啓一氏による生々しい写真も多数収録されています。
ベトナム戦記(朝日文庫)
私はおしひしがれ、「人間」にも自分にも絶望をおぼえていた。
数年前にアウシュビッツ収容所の荒野の池の底に無数の白骨の破片が貝殻のように冬の陽のなかで閃いているのを見たとき以来の、短くて強力な絶望だけが体を占めていることを発見した。
あとでジャングルのなかで集結したとき、私は30名ほどの負傷兵を見た。
あたりはぼろきれと血の氾濫であった。
彼らは肩をぬかれ、腿に穴があき、鼻を削られ、尻をそがれ、顎を砕かれていた。しかし、誰一人として呻めくものもなく、悶えるものもなかった。
血の池のなかで彼らはたったり、しゃがんだりし、ただびっくりしたようにまじまじと眼をみはって木や空を眺めていた。
そしてひっそりと死んだ。
ピンに刺されたイナゴのようにひっそりと死んでいった。
いまたっていたのがふとしゃがんだなと思ったら、いつのまにか死んでいるのだった。
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