毒蛇はいそがない
「フィッシュオン」の取材旅行で、タイのバンコックを訪れたときに、チェンマイ王族の一人、アンポール殿下に教えられたという言葉。
殿下はまた私がタイを去るときに、「毒蛇はいそがない」というタイの諺も教えて下さいました。
この諺は、自信のあるやつはゆっくりしているもんだということと同時に、けれど目的はかならず仕遂げてみせるのだという凄味も含ませているように思われます。
(中略)
この諺を毎日の暮らしのフトした瞬間にざれごととして口にだせるくらいの精神を持ちたいものと思います。
「ああ。二十五年」収録、1973年(昭和48年)の「ヨーロッパ文化講演会」における講演を要旨のみに短縮、ならびに加筆訂正したものより
瀬戸内寂聴さんも、開高さんのこの言葉について、書いています。
以下は、瀬戸内寂聴、丸谷才一、開高健の三人で講演旅行にでかけたときの話。
旅の間じゅう、「毒蛇は急がない」とわけのわからない呪文のようなことばを連発していたが、他人目には悠然としているようにみえる余裕たっぷりに見せる生き方も、開高さんの深い計算の上になり立っていたのかもしれなかった。
喋り、呑み、食べる開高健—瀬戸内寂聴「奇縁まんだら」2008/01/26 日経新聞(朝刊)より