【その他の本】嵐山光三郎「文士の舌」

嵐山光三郎「文士の舌」

鴎外、漱石から川端、三島、向田邦子、開高健まで
24人の「舌」が選んだ、明治・大正・昭和の味。
ミシュランにも負けない、文と食の達人「御用達の名店」徹底ガイド。

森鴎外/夏目漱石/泉鏡花/永井荷風/斉藤茂吉/高村光太郎/谷崎潤一郎/岡本かの子/川端康成/林芙美子/坂口安吾/壇一雄/吉田健一/水上勉/池波正太郎/遠藤周作/隆慶一郎/吉行淳之介/三島由紀夫/武田百合子/山口瞳/吉村昭/向田邦子/開高健
文士24人「ご用達」の三ツ星料理店、名物料理案内。

【エッセイ】ああ。二十五年

開高健「ああ。二十五年」

没後20年後を迎える作家の<エッセイ選集>。
食、酒、旅、ベトナム戦争、そして、アマゾン川とジャングル・・・。
1958年から1983年までの、四半世紀にわたる開高健のあゆみを辿る。
11篇の書評も収録。

本日、光文社文庫より発売された、開高健エッセイ選集第三弾です。
第一弾は「白いページ」、第二弾は「眼ある花々 / 開口一番」。
早速書店に走り買ってきました。

ああ。二十五年 開高健エッセイ選集(光文社文庫)

ああ。二十五年 開高健エッセイ選集

【エッセイ】白いページ

開高健「白いページ」

「純潔無比の倨傲な大岩壁をしぼって液化したかのようである」新潟・銀山平の水を「飲む」。
二〇〇人の部隊のうち十七人しか生き残らなかったヴェトナム戦争の最前線を回想し「弔む」。
老釣師から鮎釣りの秘技を「伝授される」―。
動詞系をタイトルに、あらゆる事象を多元的な視点で捉え、滾々と湧き溢れる言葉で表現していく。
行動する作家が遺した珠玉のエッセイ集。

光文社文庫、開高健エッセイ選集第一弾。
「飲む」「驚く」「聞く」「狂う」「書く」・・・。
以前の文庫版は角川文庫から三冊にわけて売られていました。
それをひとつにまとめてあるので、文庫本とは思えないほどのボリュームです。

白いページ 開高健エッセイ選集(光文社文庫)

白いページ 開高健エッセイ選集

酒を飲んでいるとたいてい昔のことを思いだす。
昔のことを思いださずに酒を飲むというようなことはあり得ないね。
ということはダ、なつかしいか、にがいか、それは人によるとして、つまり弔辞を読んでいるということなんだよ。
みんな酒を飲むときはそれと知らずに弔辞を読んでいるのだよ。

作家にとって文体を変えるということはシャツを変えるようなことではなく、むしろ、皮膚を変える、といいたくなるような苦業である。

酒だろうと、香水だろうと、ハタまた文学であろうと、お粗末品すべてにつきまとうイヤらしさをよくよくおぼえておくのが上物を味得するもっともたしかな、狂いのない方法である。
日頃どれだけお粗末品をたしなんでいるかによってどれだけ上物の全域と真髄が察知できるかがキマる。

第二弾として「眼ある花々 / 開口一番」、第三弾として「ああ。二十五年」が発売になりました。

【エッセイ】開口閉口

開高健「開口閉口」

読書の楽しみを語り、現代の風俗を諷刺し、食味の真髄を探り、釣りの薀蓄を傾け、世界の美酒・珍酒を紹介し、人生の深奥を観照する。
鋭い洞察が溢れ、ユーモアとウィットに富み、自ずと人柄のにじみ出る絶妙な語り口は読者を魅了せずにはおかない。
「男の収入の三分法」「面白い物語はまだまだある」「釣るのか釣られるのか」「酒の王さまたち」など珠玉64編。

「サンデー毎日」に1975年(昭和50年)〜1977年(昭和52年)の間、103回にわたって連載されたもの。
「ロートレックがイナゴを食べた」「戦争についてのどうでもいいような一言」「またまた入る・ヒトラーか」「夕方男の指の持っていき場所」「中年男のシックな自炊生活とは」「酒瓶のなかに植物園がある動物園がある」・・・タイトルだけでも楽しめます。

開口閉口 (新潮文庫)

みなさまも今季からは志を一段エスカレートされ、釣った魚をどんどん逃がしてやって頂きたい。
魚の体力が回復するのを待ってやり、ゆらゆらと閃きつつ蒼暗の深遠へ去っていくその尾を見送ってやって頂きたい。
その見返りに日本海や太平洋があなたのものとなるのである。

「カイタカケン」
「カイタカケン」
二度ほど繰り返してから
「カイタ・カケン」
「書いた? 書けん!」

とれたての山菜にあるホロ苦さはまことに気品高いもので、だらけたり、ほころびたりした舌を一滴の清流のようにひきしめて洗ってくれる。
はしゃぐ童女の眼にあるような青く澄んだものと、辛酸をかいくぐってきた男の横顔にきざみこまれているもの、それが二つながらあるように思われる。

【その他の本】一言半句の戦場

開高健「一言半句の戦場—もっと、書いた!もっと、しゃべった! 」

1958年4月の別冊文藝春秋収録「写真の背景」から、長良川の河口堰建設に反対した1989年8月の「小説家は怒っているのである」までの30年間、さまざまな媒体に書き、しゃべった開高健の未収録作品集。
知的かつ饒舌なエッセイ、コラム、対談、インタビュー他。
加えてユニークな年譜、関係者の思い出も収録。

一言半句の戦場 -もっと、書いた!もっと、しゃべった!

【開高健の通ったお店】ふるさとの宿こばせ(開高丼)

グルマン開高健の通ったお店「ふるさとの宿こばせ」

そろそろカニの季節です。
ということで世界でここだけ、開高丼の食べれる宿。

それはさながら海の宝石箱である。


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【小説】新しい天体

開高健「新しい天体」

予算の残りを食いつぶすために生れた《景気調査官》。
彼の役目は文字通り各地の食物を試食し、景気に関する "実感的レポート" を作製することにある。
銀座のたこ焼きをふり出しに、知床半島から鹿児島まで、あり余る "取材費" にものを言わせて、主人公はただひたすら食いまくる・・・。
官僚主義への痛烈な諷刺を軸に、一瞬にして消え去る美味の本質を見事に捉えた異色の食味小説。

開高健みずから食べ歩き、それを小説化したもの。
東京、神戸、大阪、北海道、松江、岡山、松坂、十和田湖、京都、鹿児島などなど、全国各地で食べまくります。
明石焼き、ドテ焼き、たこ梅のさえずり、宍道湖のシラウオ、松坂牛・・・。

新しい御馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである。

小説の冒頭で引用されている、ブリア=サヴァラン(ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン - Wikipedia)の言葉がすべて。

新しい天体 (光文社文庫)

ブリア=サヴァラン「美味礼讃(上)(下)」
世にも名だたる食通で、あらゆる学問芸術に通じ、その上、詩や作曲もするという、ただの美食家とはわけが違う粋人ブリア=サヴァランが、その学殖蘊蓄を傾けて語る "料理の芸術" 。

美味礼讃 (上) (ワイド版岩波文庫 (258))
美味礼讃 (下) (ワイド版岩波文庫 (259))

【エッセイ】最後の晩餐

開高健「最後の晩餐」

「腹のことを考えない人は頭のことも考えない」S・ジョンソンの絶好の格言に導かれ繰り広げられる、古今東西、人の飽くなき欲望を思い知らせる食談の数々。
歴史、文学、政治までをも軽妙洒脱な語り口で呑みこみながら、最底辺の食事から王様の食事、はては人肉嗜好まで。
「食」の愉悦、深淵、その極北をあますところなく描きつくす、食の大全。

雑誌[諸君!]の連載をまとめたもの。
どん底での食欲から、ありあわせの御馳走、一匹のサケ、日本の作家の食欲・・・最後の晩餐まで、まだ知らない食の世界を垣間見ることが出来ます。
とても広く深い一冊。

美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉むことである。

食べるあとあとから形も痕もなく消化されてしまっていくらでも食べられ、そして眠くならないというのがほんとの御馳走というものではあるまいか。
文学作品も、ほんとの名作というものは、読後に爽快な無か、無そのものの充実をのこし、何も批評したくなくなる。

最後の晩餐 (光文社文庫)

【動画】キャビア・キャビア・キャビア—謎の古代魚チョウザメを追って—

開高健のキャビア・キャビア・キャビア—謎の古代魚チョウザメを追って—(1〜8)


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フォアグラ、トリュフと並んで世界の三大珍味のひとつにあげられるキャビア。
開高健が、様々な謎と底知れぬ魅力に包まれたキャビアを、あらゆる角度から解体していきます。
周知の通り、キャビアの産みの親はチョウザメです。
海の生きた化石、シーラカンス同様、古代から約2億年、まったくと言っていいほど進化せずに生き残ったチョウザメは、数十年の寿命を持ち、巨大なものは700キロ以上にまで成長します。
開高は自らの手でこのチョウザメを釣り上げ、魚類学者の助けを借りて、この魚の謎に挑みます。
キャビアの文字はシェークスピアの作品や、ロシア、ロマノフ王朝の逸話から発見することができますが、この「宝石」が一般の食卓に上ったのは19世紀に入ってからのこと。
わずか数十年のうちに世界最高の珍味といわれるようになったのは、本当にその味ゆえなのでしょうか?
また当時東側諸国で主に産出され、西側で消費されるという変則的な流通と価格の謎。
ひとつの食品としては異例ともいえるイミテーション品の数々。
開高は自らモスクワ、カナダ(フレーザー川)、カスピ海、ニューヨーク、パリへ出向き、約半年の完全取材の末キャビアの全貌に迫ります。

ニューヨークのペトロシアン(PETROSSIAN)でブルック・シールズとキャビアを食べるシーンも。

【エッセイ】眼ある花々・開口一番

開高健 「眼ある花々」「開口一番」

「眼ある花々」

花をめぐるエッセイ12篇。

ベトナムのジャングル、パリの街角、アラスカ、イスラエル、越前・・・[婦人公論]に連載された花をテーマにしたエッセイ集。

"越前"という字を見るたびに私は暗い空、暗い海、暗い雑木林を思いだす。
柔らかくて深い深雪に淡い陽が射し、雪片の燦めきとかげろうのたゆたいのなかで一点、二点、まさに灯がついたようにいきいきと、咲くというよりは閃めくようであったスイセンを思い出すのである。

「開口一番」

旨い物や珍しい酒に出会ったときの喜び。
ポーノグラフィーとセックスに関する哲学的考察。
パイプをくゆらしながらのアームチェア・フィッシングの愉しみ。
ゲテモノ料理の試食レポート。
冗談や小話の効用について。食・酒・釣・旅のおなじみの名談義から、<スリ><遺失物>のルポ、「四畳半襖の下張」裁判証言記録まで、とっておきの話を満載。

これぞ開高健、ユーモアエッセイ27篇。

永らく入手困難でしたが、本日(2009/10/08)光文社文庫、開高健エッセイ選集第二弾として発売。
第一弾は「白いページ」。

眼ある花々/開口一番 開高健エッセイ選集(光文社文庫)

眼ある花々/開口一番 開高健エッセイ選集

私はどんなものでも食べる。
大阪生まれのせいだろうか。
食べることには目がない。
朝、目をさまして、まず考えることは、さて今日はどんなものに出会えるだろうかということである。
あれはどうだろう、これはどうだろう、熊掌燕巣、ふとんのなかで目をパチパチさせながら想像を走らせるときの楽しさったらない。

2009/12/08 第三弾として「ああ。二十五年」が発売になりました。

【エッセイ】小説家のメニュー

開高健「小説家のメニュー」

ベトナムの戦場でネズミを味わい、ブリュッセル郊外のレストランでチョコレートに驚愕する。
アマゾンの奥地でピラーニャの刺身に挑戦し、ニューヨークではソフト・シェル・クラブをポン酢にからめて頬ばる。
味覚の魔力に取り憑かれ、旅に暮らした小説家が世界各地での美味との出逢いを綴る。

美味・珍味・奇味・怪味・媚味・魔味・幻味・幼味・妖味・天味
戦場のネズミから、ピラーニャ、ドリアン、ムール貝・・・最後の水まで、食に対する興味がかきたてられる一冊。

気品高く、ふくよか。奥深く、おとなっぽい。熟しきっている。
微妙にこだましている—そんな表現がすべて入っている。
それまで食べてたチョコレートとこれを比べると、マリリン・モンローとその骸骨くらいの違いがある。

小説家のメニュー (中公文庫BIBLIO)

【エッセイ】地球はグラスのふちを回る

開高健「地球はグラスのふちを回る」

飲んでびっくり、中国の五ツ星のブランデー、ウィーンの森の居酒屋村の白ぶどう酒、ヴェルレーヌを施療病院で野垂れ死にさせたアブサン、サイゴンの米兵用酒場の暗闇で飲んだビールなどなど・・・世界の酒場を巡歴した著者が、忘れ難き名酒・珍酒を紹介し、酒にまつわる小咄を披露し、酒を愛する紳士のたしなみを説く。ほかに、食・釣・旅などの話題を満載した無類に楽しい一巻。

色んな本や雑誌に掲載された、酒、食、釣りをテーマに書かれたエッセイを集めたもの。
ロンドンのオガ屑がばらまかれたバー、開高丼で有名な福井の越前ガニ、アマゾンの魚の味、ワンタン、葉巻、ベルギーのショコラ・・・。
旅に出たくなる一冊です。

驚く心がなかったら、旅の意味はほとんどないものね。
別種の文化に接することとは、驚くことなんだ。
驚く心、見る目を持ちなさい。
少年の心で、大人の財布で歩きなさい。

雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。
それはさながら海の宝石箱である。
丹念にほぐしていくと、赤くてモチモチしたのや、白くてベロベロしたのや、暗赤色の卵や、緑いろの "味噌" や、なおあれがあり、なおこれがある。
これをどんぶり鉢でやってごらんなさい。
モチモチやベロベロをひとくちやるたびに辛口をひとくちやるのである。
脆美、繊鋭、豊満、精緻。

開高丼についてはこちらから。

地球はグラスのふちを回る (新潮文庫)
 

このサイトについて

開高健(かいこうたけし)
1930年12月30日〜1989年12月9日
ベトナム、アラスカ、モンゴル・・・
世界を股にかけた行動する作家、開高健のあれやこれやを紹介するサイトです。
リンクはどこでもご自由に。

いろいろ

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