一気に読まないで下さい。
ききすぎるクスリと同じです。
1回に2つか3つ読むのが適量です…。
読者から寄せられた難問、奇問、珍問に人生の達人・開高健が該博な知識を駆使して自在に答えた書。(風に訊け)
行動する作家・開高健のライフスタイル・アドバイスをまとめた幻の名著を復刻。
読者から寄せられた難問、奇問、珍問に、人生の達人がユーモアと教養に満ちた名回答をする281編。(風に訊け ザ・ラスト)
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人と物との出会いには、いつも、何かしら、奇遇としかいいようのないものがある。
かつて人類はアタマで立って走ったことはないとヘーゲルが喝破したことがあるが、ふくれたハラをアタマでどうやってヘらすかにヒトは没頭する。
この時代の特徴は想像力の枯渇であり、演出の氾濫である。
ぶどう酒は栓を抜いてみるまで油断ができない。
パイプは火を入れて何年もたってみなければわからない。
酒を飲んでいるとたいてい昔のことを思いだす。
昔のことを思いださずに酒を飲むというようなことはあり得ないね。
ということはダ、なつかしいか、にがいか、それは人によるとして、つまり弔辞を読んでいるということなんだよ。
みんな酒を飲むときはそれと知らずに弔辞を読んでいるのだよ。
作家にとって文体を変えるということはシャツを変えるようなことではなく、むしろ、皮膚を変える、といいたくなるような苦業である。
酒だろうと、香水だろうと、ハタまた文学であろうと、お粗末品すべてにつきまとうイヤらしさをよくよくおぼえておくのが上物を味得するもっともたしかな、狂いのない方法である。
日頃どれだけお粗末品をたしなんでいるかによってどれだけ上物の全域と真髄が察知できるかがキマる。
みなさまも今季からは志を一段エスカレートされ、釣った魚をどんどん逃がしてやって頂きたい。
魚の体力が回復するのを待ってやり、ゆらゆらと閃きつつ蒼暗の深遠へ去っていくその尾を見送ってやって頂きたい。
その見返りに日本海や太平洋があなたのものとなるのである。
「カイタカケン」
「カイタカケン」
二度ほど繰り返してから
「カイタ・カケン」
「書いた? 書けん!」
とれたての山菜にあるホロ苦さはまことに気品高いもので、だらけたり、ほころびたりした舌を一滴の清流のようにひきしめて洗ってくれる。
はしゃぐ童女の眼にあるような青く澄んだものと、辛酸をかいくぐってきた男の横顔にきざみこまれているもの、それが二つながらあるように思われる。
「小さな死」はフランス語の petite mort ———死ほど完璧な眠りではないが、情事の後の眠りはそれにつぐほど完璧に近いから、小さな死と呼ぶわけである。
さて、シングル・モルトとブレンデッドのどちらがいいか———は、飲む人間の好みの問題である。
好きか嫌いかというだけのことである。
すべての批評はこれに尽きる。
その後のいっさいは、たわごとである———と、正直ジョージ・オーウェルが文学批評について書いたことがあるが、ウイスキーについても同様である。
そして唯一本、手元に残ったのは———自分で買ったのか、いつだれかから貰ったものか、どうやってわたしのもとに漂い着くことになったのかわからないモンブランの中字用(MONTBLANC 149)の万年筆だけだった。
以来、このモンブラン一本やりで、その一本のペン先を取り替え、取り替えして使っている。
じつに手にぴったりおさまってくれ、これなくしてわたしは原稿が書けない。
美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉むことである。
食べるあとあとから形も痕もなく消化されてしまっていくらでも食べられ、そして眠くならないというのがほんとの御馳走というものではあるまいか。
文学作品も、ほんとの名作というものは、読後に爽快な無か、無そのものの充実をのこし、何も批評したくなくなる。
"越前"という字を見るたびに私は暗い空、暗い海、暗い雑木林を思いだす。
柔らかくて深い深雪に淡い陽が射し、雪片の燦めきとかげろうのたゆたいのなかで一点、二点、まさに灯がついたようにいきいきと、咲くというよりは閃めくようであったスイセンを思い出すのである。
私はどんなものでも食べる。
大阪生まれのせいだろうか。
食べることには目がない。
朝、目をさまして、まず考えることは、さて今日はどんなものに出会えるだろうかということである。
あれはどうだろう、これはどうだろう、熊掌燕巣、ふとんのなかで目をパチパチさせながら想像を走らせるときの楽しさったらない。
気品高く、ふくよか。奥深く、おとなっぽい。熟しきっている。
微妙にこだましている—そんな表現がすべて入っている。
それまで食べてたチョコレートとこれを比べると、マリリン・モンローとその骸骨くらいの違いがある。
驚く心がなかったら、旅の意味はほとんどないものね。
別種の文化に接することとは、驚くことなんだ。
驚く心、見る目を持ちなさい。
少年の心で、大人の財布で歩きなさい。
雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。
それはさながら海の宝石箱である。
丹念にほぐしていくと、赤くてモチモチしたのや、白くてベロベロしたのや、暗赤色の卵や、緑いろの "味噌" や、なおあれがあり、なおこれがある。
これをどんぶり鉢でやってごらんなさい。
モチモチやベロベロをひとくちやるたびに辛口をひとくちやるのである。
脆美、繊鋭、豊満、精緻。