【エッセイ】風に訊け(ザ・ラスト)

開高健「風に訊け」「風に訊け ザ・ラスト」

一気に読まないで下さい。
ききすぎるクスリと同じです。
1回に2つか3つ読むのが適量です…。
読者から寄せられた難問、奇問、珍問に人生の達人・開高健が該博な知識を駆使して自在に答えた書。(風に訊け)

行動する作家・開高健のライフスタイル・アドバイスをまとめた幻の名著を復刻。
読者から寄せられた難問、奇問、珍問に、人生の達人がユーモアと教養に満ちた名回答をする281編。(風に訊け ザ・ラスト)

風に訊け (集英社文庫)風に訊け―ザ・ラスト (集英社文庫)

【エッセイ】ああ。二十五年

開高健「ああ。二十五年」

没後20年後を迎える作家の<エッセイ選集>。
食、酒、旅、ベトナム戦争、そして、アマゾン川とジャングル・・・。
1958年から1983年までの、四半世紀にわたる開高健のあゆみを辿る。
11篇の書評も収録。

本日、光文社文庫より発売された、開高健エッセイ選集第三弾です。
第一弾は「白いページ」、第二弾は「眼ある花々 / 開口一番」。
早速書店に走り買ってきました。

ああ。二十五年 開高健エッセイ選集(光文社文庫)

ああ。二十五年 開高健エッセイ選集

【エッセイ】生物としての静物

開高健「生物としての静物」

亜熱帯の戦場で、氷雨の原野で、深夜の書斎で、一本の指となり、創造の起爆剤ともなるライター、パイプ、万年筆、ジーンズ、帽子・・・。
時間と空間と、生と死の諸相の中を旅する作家。
そしてそこにはいつも、物言わぬ同行者(小物たち)があった。
死物を生物に変える日々の回想。

哲人の虚具とし、昼も夜も離さなかったというパイプ、開高健モデルという言葉までうまれている、モンブランの万年筆、
ジッポ、イムコ、榮太樓のミツマメ、ウェンガー・ナイフ、シケモクの手巻器、ラッキー・ストライク、懐中時計、聖書、百人一首、言海、モスキート・コイル(蚊取り線香)、アンバサダー、フェンウィック・・・。
書斎で、屋外で愛用した小物たちへの想いが、滝野晴夫氏のイラストとともに収められています。

生物としての静物(集英社文庫)

生物としての静物

人と物との出会いには、いつも、何かしら、奇遇としかいいようのないものがある。

かつて人類はアタマで立って走ったことはないとヘーゲルが喝破したことがあるが、ふくれたハラをアタマでどうやってヘらすかにヒトは没頭する。
この時代の特徴は想像力の枯渇であり、演出の氾濫である。

ぶどう酒は栓を抜いてみるまで油断ができない。
パイプは火を入れて何年もたってみなければわからない。

記念館でも展示 企画展:生物としての静物 がありました。

【エッセイ】白いページ

開高健「白いページ」

「純潔無比の倨傲な大岩壁をしぼって液化したかのようである」新潟・銀山平の水を「飲む」。
二〇〇人の部隊のうち十七人しか生き残らなかったヴェトナム戦争の最前線を回想し「弔む」。
老釣師から鮎釣りの秘技を「伝授される」―。
動詞系をタイトルに、あらゆる事象を多元的な視点で捉え、滾々と湧き溢れる言葉で表現していく。
行動する作家が遺した珠玉のエッセイ集。

光文社文庫、開高健エッセイ選集第一弾。
「飲む」「驚く」「聞く」「狂う」「書く」・・・。
以前の文庫版は角川文庫から三冊にわけて売られていました。
それをひとつにまとめてあるので、文庫本とは思えないほどのボリュームです。

白いページ 開高健エッセイ選集(光文社文庫)

白いページ 開高健エッセイ選集

酒を飲んでいるとたいてい昔のことを思いだす。
昔のことを思いださずに酒を飲むというようなことはあり得ないね。
ということはダ、なつかしいか、にがいか、それは人によるとして、つまり弔辞を読んでいるということなんだよ。
みんな酒を飲むときはそれと知らずに弔辞を読んでいるのだよ。

作家にとって文体を変えるということはシャツを変えるようなことではなく、むしろ、皮膚を変える、といいたくなるような苦業である。

酒だろうと、香水だろうと、ハタまた文学であろうと、お粗末品すべてにつきまとうイヤらしさをよくよくおぼえておくのが上物を味得するもっともたしかな、狂いのない方法である。
日頃どれだけお粗末品をたしなんでいるかによってどれだけ上物の全域と真髄が察知できるかがキマる。

第二弾として「眼ある花々 / 開口一番」、第三弾として「ああ。二十五年」が発売になりました。

【エッセイ】開口閉口

開高健「開口閉口」

読書の楽しみを語り、現代の風俗を諷刺し、食味の真髄を探り、釣りの薀蓄を傾け、世界の美酒・珍酒を紹介し、人生の深奥を観照する。
鋭い洞察が溢れ、ユーモアとウィットに富み、自ずと人柄のにじみ出る絶妙な語り口は読者を魅了せずにはおかない。
「男の収入の三分法」「面白い物語はまだまだある」「釣るのか釣られるのか」「酒の王さまたち」など珠玉64編。

「サンデー毎日」に1975年(昭和50年)〜1977年(昭和52年)の間、103回にわたって連載されたもの。
「ロートレックがイナゴを食べた」「戦争についてのどうでもいいような一言」「またまた入る・ヒトラーか」「夕方男の指の持っていき場所」「中年男のシックな自炊生活とは」「酒瓶のなかに植物園がある動物園がある」・・・タイトルだけでも楽しめます。

開口閉口 (新潮文庫)

みなさまも今季からは志を一段エスカレートされ、釣った魚をどんどん逃がしてやって頂きたい。
魚の体力が回復するのを待ってやり、ゆらゆらと閃きつつ蒼暗の深遠へ去っていくその尾を見送ってやって頂きたい。
その見返りに日本海や太平洋があなたのものとなるのである。

「カイタカケン」
「カイタカケン」
二度ほど繰り返してから
「カイタ・カケン」
「書いた? 書けん!」

とれたての山菜にあるホロ苦さはまことに気品高いもので、だらけたり、ほころびたりした舌を一滴の清流のようにひきしめて洗ってくれる。
はしゃぐ童女の眼にあるような青く澄んだものと、辛酸をかいくぐってきた男の横顔にきざみこまれているもの、それが二つながらあるように思われる。

【エッセイ】知的な痴的な教養講座

開高健「知的な痴的な教養講座」

知性と痴性を見事にブレンド。
お酒のTPO、宗教、哲学、ファッション、エトセトラ・・・。
博覧強記の作家・開高健が男の世界の森羅万象を語り尽くした魅力あふれる教養エッセイ。
1ページに一度はニヤリと笑い、ウーンと唸ります。

小さな死 ジョルジュVの廊下 馬馬虎虎 偶客婚 カルマ 風が吹けば桶屋がもうかる 変態 コールド・ターキー 石斑魚 地獄 ピジョン・イングリッシュ 隣の畑 王様の服 ビギナーズ・ラック ノブレス・オブリージュ 宗教は阿片か 『旅情』 シングル・モルト・ウイスキー 潮吹き 輪廻 ゴッドとサル 人類は滅亡する シャンゼリゼのマクドナルド 落ちた偶像 アニミズムと北斎 コモン・センス 潮吹き(補遺) 歴史の振り子はどっちに振れる? 英雄は色を好むか コラム ワインのなかの二人の女 職業としての文学 ブルジョア CMとヒトラー クラフトマン・シップ 究極のスーツは紺色 世紀末 戦場の『七年目の浮気』 ライスワイン ピョートル大帝 香水 内蔵料理 リンの玉 意馬心猿 目には目、歯には歯 先祖たちのしゃれた言葉 幻のホー・チミン 歴史は連鎖する 魚心あれば リンの玉 異聞
以上、全50章の知的な痴的な教養講座。

知的な痴的な教養講座 (集英社文庫)

「小さな死」はフランス語の petite mort ———死ほど完璧な眠りではないが、情事の後の眠りはそれにつぐほど完璧に近いから、小さな死と呼ぶわけである。

さて、シングル・モルトとブレンデッドのどちらがいいか———は、飲む人間の好みの問題である。
好きか嫌いかというだけのことである。
すべての批評はこれに尽きる。
その後のいっさいは、たわごとである———と、正直ジョージ・オーウェルが文学批評について書いたことがあるが、ウイスキーについても同様である。

そして唯一本、手元に残ったのは———自分で買ったのか、いつだれかから貰ったものか、どうやってわたしのもとに漂い着くことになったのかわからないモンブランの中字用(MONTBLANC 149)の万年筆だけだった。
以来、このモンブラン一本やりで、その一本のペン先を取り替え、取り替えして使っている。
じつに手にぴったりおさまってくれ、これなくしてわたしは原稿が書けない。

【エッセイ】最後の晩餐

開高健「最後の晩餐」

「腹のことを考えない人は頭のことも考えない」S・ジョンソンの絶好の格言に導かれ繰り広げられる、古今東西、人の飽くなき欲望を思い知らせる食談の数々。
歴史、文学、政治までをも軽妙洒脱な語り口で呑みこみながら、最底辺の食事から王様の食事、はては人肉嗜好まで。
「食」の愉悦、深淵、その極北をあますところなく描きつくす、食の大全。

雑誌[諸君!]の連載をまとめたもの。
どん底での食欲から、ありあわせの御馳走、一匹のサケ、日本の作家の食欲・・・最後の晩餐まで、まだ知らない食の世界を垣間見ることが出来ます。
とても広く深い一冊。

美食とは異物との衝突から発生する愕きを愉むことである。

食べるあとあとから形も痕もなく消化されてしまっていくらでも食べられ、そして眠くならないというのがほんとの御馳走というものではあるまいか。
文学作品も、ほんとの名作というものは、読後に爽快な無か、無そのものの充実をのこし、何も批評したくなくなる。

最後の晩餐 (光文社文庫)

【エッセイ】眼ある花々・開口一番

開高健 「眼ある花々」「開口一番」

「眼ある花々」

花をめぐるエッセイ12篇。

ベトナムのジャングル、パリの街角、アラスカ、イスラエル、越前・・・[婦人公論]に連載された花をテーマにしたエッセイ集。

"越前"という字を見るたびに私は暗い空、暗い海、暗い雑木林を思いだす。
柔らかくて深い深雪に淡い陽が射し、雪片の燦めきとかげろうのたゆたいのなかで一点、二点、まさに灯がついたようにいきいきと、咲くというよりは閃めくようであったスイセンを思い出すのである。

「開口一番」

旨い物や珍しい酒に出会ったときの喜び。
ポーノグラフィーとセックスに関する哲学的考察。
パイプをくゆらしながらのアームチェア・フィッシングの愉しみ。
ゲテモノ料理の試食レポート。
冗談や小話の効用について。食・酒・釣・旅のおなじみの名談義から、<スリ><遺失物>のルポ、「四畳半襖の下張」裁判証言記録まで、とっておきの話を満載。

これぞ開高健、ユーモアエッセイ27篇。

永らく入手困難でしたが、本日(2009/10/08)光文社文庫、開高健エッセイ選集第二弾として発売。
第一弾は「白いページ」。

眼ある花々/開口一番 開高健エッセイ選集(光文社文庫)

眼ある花々/開口一番 開高健エッセイ選集

私はどんなものでも食べる。
大阪生まれのせいだろうか。
食べることには目がない。
朝、目をさまして、まず考えることは、さて今日はどんなものに出会えるだろうかということである。
あれはどうだろう、これはどうだろう、熊掌燕巣、ふとんのなかで目をパチパチさせながら想像を走らせるときの楽しさったらない。

2009/12/08 第三弾として「ああ。二十五年」が発売になりました。

【エッセイ】小説家のメニュー

開高健「小説家のメニュー」

ベトナムの戦場でネズミを味わい、ブリュッセル郊外のレストランでチョコレートに驚愕する。
アマゾンの奥地でピラーニャの刺身に挑戦し、ニューヨークではソフト・シェル・クラブをポン酢にからめて頬ばる。
味覚の魔力に取り憑かれ、旅に暮らした小説家が世界各地での美味との出逢いを綴る。

美味・珍味・奇味・怪味・媚味・魔味・幻味・幼味・妖味・天味
戦場のネズミから、ピラーニャ、ドリアン、ムール貝・・・最後の水まで、食に対する興味がかきたてられる一冊。

気品高く、ふくよか。奥深く、おとなっぽい。熟しきっている。
微妙にこだましている—そんな表現がすべて入っている。
それまで食べてたチョコレートとこれを比べると、マリリン・モンローとその骸骨くらいの違いがある。

小説家のメニュー (中公文庫BIBLIO)

【エッセイ】地球はグラスのふちを回る

開高健「地球はグラスのふちを回る」

飲んでびっくり、中国の五ツ星のブランデー、ウィーンの森の居酒屋村の白ぶどう酒、ヴェルレーヌを施療病院で野垂れ死にさせたアブサン、サイゴンの米兵用酒場の暗闇で飲んだビールなどなど・・・世界の酒場を巡歴した著者が、忘れ難き名酒・珍酒を紹介し、酒にまつわる小咄を披露し、酒を愛する紳士のたしなみを説く。ほかに、食・釣・旅などの話題を満載した無類に楽しい一巻。

色んな本や雑誌に掲載された、酒、食、釣りをテーマに書かれたエッセイを集めたもの。
ロンドンのオガ屑がばらまかれたバー、開高丼で有名な福井の越前ガニ、アマゾンの魚の味、ワンタン、葉巻、ベルギーのショコラ・・・。
旅に出たくなる一冊です。

驚く心がなかったら、旅の意味はほとんどないものね。
別種の文化に接することとは、驚くことなんだ。
驚く心、見る目を持ちなさい。
少年の心で、大人の財布で歩きなさい。

雄のカニは足を食べるが、雌のほうは甲羅の中身を食べる。
それはさながら海の宝石箱である。
丹念にほぐしていくと、赤くてモチモチしたのや、白くてベロベロしたのや、暗赤色の卵や、緑いろの "味噌" や、なおあれがあり、なおこれがある。
これをどんぶり鉢でやってごらんなさい。
モチモチやベロベロをひとくちやるたびに辛口をひとくちやるのである。
脆美、繊鋭、豊満、精緻。

開高丼についてはこちらから。

地球はグラスのふちを回る (新潮文庫)
 

このサイトについて

開高健(かいこうたけし)
1930年12月30日〜1989年12月9日
ベトナム、アラスカ、モンゴル・・・
世界を股にかけた行動する作家、開高健のあれやこれやを紹介するサイトです。
リンクはどこでもご自由に。

いろいろ

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